昔、テレビを見ていて、記憶に残っている言葉「赤ちゃんは生まれた時に泣いているけど、周りは笑ってる。そして人が死んだとき、写真のその人は笑っていても周りが泣いている、そんな人になりたい」。家族葬であれば、本当に故人の死を悼む人が集まり執り行われるだろう。家族葬の規模のお葬式が増えてくるのもうなずける。
悲しいことですが、昨年父が亡くなりました。最近、家族葬というシステムを知りました。ずっと看病してきた家族を亡くし、悲しむ間もなく、葬儀の準備やら、葬儀の席順や引出物を決めたりと殺伐としたものでした。あの時、家族葬で父を送り出すことが出来れば、もっと父をゆっくり思うことができたろうにと思います。
昨年父が亡くなった。母は、病床にある父のお葬式がくることをわかっていても、葬式での着物などは用意したくなくて、どたばたと用意をしてしまったと後から言っていた。家族葬だったので、母のことも良く知っている親類ばかりで、無駄な気遣いもいらなかった。これからも家族葬の規模で葬儀をしてもらおうと思った。
いつか私が年をとって死んでしまったとき、家族葬で送って欲しいと思う。疎遠になった遠縁の人に足を運ばせるよりも、家族だけで、あまり経費をかけずに送り出して欲しい。家族葬は、残された家族のこれからの生活のためにも、形式ばかりを重視した形ではなく、故人を送るのが目的だろうと思うから。
2008/3/11 火曜日
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